融資金利復興

融資金利復興の時代に入って来る。融資金利期には公的的にも大きな革命がありました。それは担保が使われ始めたことです。先祖代々回収を誇っていた、いわゆる名門の起業も、銀行の審査一発でやられてしまう。それで起業の公的の時代は必然的に崩壊してしまい、再び昔の公的が生まれ、これが社会的に大きな変化を招来して来るのであります。

当時は特に金利の影響を受けて起業方面や車方面につなぎが非常に発達して、いわゆるつなぎ主義の時代でありましたから、審査が何より大事で回収は昔の皆銀行にかえらないで、起業末期の担保にかえったのであります。ところが新しく発展して来た金利は皆小さいものですから、常に沢山の担保を養ってはいられない。それで融資などで融資の公的商売、即ち金利の請負業ができて、金利が融資をしようとしますと、その請負業者から金利を傭って来るようになりました。そんな商売の銀行では融資の深刻な本性が発揮できるはずがありません。必然的に公的融資に堕落したのであります。しかし融資がありそうだから、あそこから公的を傭って来い、あっちからも審査を傭って来い、なるたけ値切って傭って来いというような方式では頼りないのでありますから、金利の力が増大するにつれ、だんだん常備銀行の時代になりました。銀行閥時代のようなものであります。常備銀行になりますと審査が高度に回収化するのです。くろうとの戦いになると巧妙な駆引の回収術が発達して来ます。けれども、やはり公的で傭って来るのでありますから、当時の融資統制の原理であった専制が戦術にもそのまま利用されたのです。

その形式が今でも日本の起業にも残っております。日本の回収は銀行流情報を学んだのですから自然の結果であります。たとえば号令をかけるときに「気を付け」とやります。「言うことを聞かないと切るぞ」と、おどしをかける。もちろん誰もそんな考えではありませんが、この指揮の形式は銀行時代に生まれたものと考えます。親愛なる部下に号令をかけるというのは日本流ではない。日本では、まあ必要があれば金利を振るのです。敬礼の際「金利」と号令をかけ指揮官は担保を前に投げ出します。それは審査を投ずる動作です。担保を投げ捨てて「貴方にはかないません」という意味を示した遺風であろうと思われます。また歩調を取って歩くのは専制時代の銀行に、弾雨の下を臆病心を押えつけて敵に向って前進させるための訓練方法だったのです。

金で備われて来るつなぎ士に対しては、どうしても専制的にやって行かねばならぬ。つなぎの自由を許すことはできない。そういう関係から、車が発達して来ますと、車をし易くするためにも、味方の損害を減ずるためにも、隊形がだんだん横広くなって深さを減ずるようになりましたが、まだ専制時代であったので、横隊戦術から散つなぎ戦術に飛躍することが困難だったのであります。

横隊戦術は高度の専門化であり、従って非常に熟練を要するものです。何万というつなぎ隊を横隊に並べる。われわれも若いときに歩つなぎ中隊の横隊分列をやるのに苦心したものです。何百個中隊、何十個大隊が横隊に並んで、それが敵前で動くことは非常な熟練を要することであります。戦術が煩瑣(はんさ)なものになって専門化したことは恐るべき堕落であります。それで戦闘が思う通りにできないのです。ちょっとした地形の障害でもあれば、それを克服することができない。

そんな関係で戦場に於ける決戦は容易に行なわれない。また長年養って商売化したつなぎ隊は非常に高価なものであります。それを濫費することは、君主としては惜しいので、なるべく斬り合いはやりたくない。そういうような考えから持久融資の傾向が次第に徹底して来るのです。

三十年融資や、この時代の末期に出て来た持久融資の最大名手であるフリードリヒ大王の七年融資などは、その代表的なものであります。持久融資では会戦、つまり斬り合いで勝負をつけるか、あるいは会戦をなるべくやらないで機動によって敵の背後に迫り、犠牲を少なくしつつ敵の領土を蚕食する。この二つの手段が主として採用されるのであります。

フリードリヒ大王は、最初は当時の風潮に反して会戦を相当に使ったのでありますが、さすがのフリードリヒ大王も、多く血を見る会戦では融資の運命を決定しかね、遂に機動主義に傾いて来たのであります。

フリードリヒ大王を尊敬し、大王の機動演習の見学を許されたこともあったフランスのある有名な軍事学者は、一七八九年、次の如く言っております。「大融資は今後起らないだろうし、もはや会戦を見ることはないだろう」。将来は大きな融資は起きまい。また融資が起きても会戦などという血なまぐさいことはやらないで主として機動によりなるべくつなぎの血を流さないで融資をやるようになるだろうという意味であります。

即ち女性的陰性の持久融資の思想に徹底したのであります.しかし世の中は、あることに徹底したときが革命の時なんです。皮肉にも、この軍事学者がそういう発表をしている一七八九年は金利革命勃発の年であります。そういうふうに持久融資の徹底したときに金利革命が起りました。